「荒らしは無視」は正しい? ネガティブな感情は拡散する

カテゴリー: ネット関係

私自身による「荒らしを無視できない」体験

インターネットが普及したことで、通信販売や動画・音楽配信をはじめとするビジネスは飛躍的に拡大しましたし、メールやSNSで世界中の人と瞬時に交流できるようになりました。

まさにカナダの学者、マーシャル・マクルーハンが提唱した「地球村」そのものですが、コミュニケーションの活性化には負の面も存在します。SNSや掲示板で他者を攻撃する「荒らし」ですね。

暴言を吐いたり、差別的な発言を行ったりする「荒らし」を止めるのは簡単なことではありません。効果的な対処法とされるのは「放置」、つまり「無視」です。

人間には「荒らしをするな!」と言われると「いいや、荒らしてやる!」と思ってしまう天邪鬼な心理がありますから、荒らしをやめさせるのではなく、本人が飽きるのを待つというわけです。

ただ、本当に荒らしには無視が有効なのでしょうか? 場合によっては、荒らしを無視したらかえって逆上し、ますます荒らされてしまうことだってあるでしょう。

「荒らしを無視したいけれど、無視できない」ことだってあるかもしれません。

そこで今回は、心理学の入門書とビジネス書、そしてなぜかスピリチュアル系の本から得た着想をもとに、「荒らしを無視することは有効なのか」について考えてみます!

私が「荒らしもどき」になった理由

その前に、なぜこんなページを作成するに至ったかを説明するために、かなり長い「前置き」に入ります。役に立たない場合は飛ばしてください。

そもそものきっかけは、当の私自身が荒らしを無視できない性格であることです。

といっても、掲示板やSNSで私に対する攻撃が行われたわけではありませんし、私が「荒らし」に対して何かすることもありません

むしろ私自身が「荒らしもどき」だった、と言えるかもしれません。

どういうことなのか、順を追って説明します。

世界的にインターネットが普及しだしたのは2000年頃ですが、私は当時15歳の中学生でした。

我が家では父がコンピューター関係の仕事をしていたこともあり、私も幼い頃からワープロ・パソコンに親しんでいました。

インターネットを導入したのも一般家庭としては比較的早い1999年のことで、大晦日に2000年の「ミレニアム」を迎える瞬間をテレビとネットで同時に楽しんだほどです。

そんな中、「2ちゃんねる」という掲示板があることを知ってアクセスしてみたのですが、その情報量の多さに感心するとともに、ユーザーの言葉遣いに驚かされました。

いわゆる放送禁止用語が当たり前に使われていますし、特定の国・民族を差別することが常識となっていたからです(ああ、そういえば当時から変わりませんね……)。

そこでユーザーに対して「そんな言葉は使うな!」と言ったり、削除依頼を出したりしましたが、案の定、無視されました。

どうすれば良いかわからず混乱し、「世の中はこんなにひどい人ばかりなのか……」と絶望的な気持ちになりましたが、ふと、ある事を思い付いたのです。

それは、「私も他者を中傷すれば、それをたまたま見た人が『こんな掲示板は間違っている』と考えてくれるのではないか?」ということでした。

つまり、「自分も荒らしになれば、荒らしに対するユーザーの拒否感が増し、結果的に荒らしは減る」と考えたのです。

正確には、そのようなユーザーは2ちゃんねるの多数派なので「荒らし」ではありませんし、今にして思えば私の行動は逆効果でしたね。

それでも私は自分の考え方とは正反対の攻撃的・差別的な掲示板に入り浸り、それに同調するようなコメントを投稿するようになりました。

「こんなものは見たくない……」と思っているはずなのに、そのような掲示板を見るのをやめることができずに依存しました。

それから10年以上が経ち、携帯電話・スマートフォンとSNSが普及し始めたこともあって、本心を隠しながら、掲示板以外の場所でも攻撃的な投稿をするようになりました。

といっても、Twitterのリプライで他者を中傷するような度胸はありませんから、嫌味な言葉を投稿・ツイートするだけです。

本当に「攻撃的・差別的な投稿をすれば、それを見た人が嫌悪感を覚えてくれる。だから仕方がなくやっているんだ」と思っていたのか、それが私の本心になっていたのかは定かではありません。

2012年頃になって、(いろいろな出来事があったおかげで)ようやく攻撃的な投稿をやめることができましたが、他者による攻撃的・差別的な投稿を無視することはできませんでした。

なぜ、「わざわざ嫌なものを見てしまう」のか

先ほども少し触れましたが、インターネット上で攻撃的・差別的な発言を行うユーザーが多数派となっている場所であれば、その人々は「荒らし」ではありません。

ただ、私にとっては「攻撃的・差別的な発言をするユーザー」も他者を不快にする点では「荒らし」と同じですし、そのように一方的に定義すれば、私自身も荒らしでした。

それはともかく、私は「荒らしを減らすため、わざと荒らしをして嫌悪感を覚えさせる」ということを繰り返していましたが、2012年頃にやめました。

それでも、「荒らし」を無視することはできず、なぜか能動的に攻撃的・差別的な投稿を探してしまうという行為を始めてしまったのです。

たとえば、嫌なニュースを見聞きした時、「ああ、2ちゃんねるやTwitterで騒がれているだろうな……」と考え、わざわざ攻撃的・差別的な文章に合致するキーワードで検索を行います。

私の予想通り、攻撃的・差別的な書き込みやツイートがあふれていましたが、私は反論も同調もせずに「ただ見ているだけ」でした

そして、「ああ、やっぱり世の中はこんな人でいっぱいなんだ」と考えて絶望的な気分になる……というわけです。

つまり、わざわざ気分が悪くなるものを見てしまうという状態です。

それを見たところで攻撃的・差別的な投稿をやめてもらえるはずがありませんし、私はますますネガティブな気分になるだけでした。

そのような場面で反論しても逆効果だとわかっていますから、何かコメントすることはありません。本当に、何もできないのにただ見るだけです。

「なぜ、わざわざ嫌なものを見てしまうのだろうか?」と疑問に思って、心理学の本やブログを読んでみましたが、明確な回答は得られません。

ただ、最近ようやく、「私はネガティブになりたいから、嫌なものを自分から見ようとしているのではないか?」と考えられるようになりました。

もしかして、荒らしを無視できないのも、「ネガティブになりたい」という気持ちがあるからではないでしょうか?

ネガティブ・ポジティブという概念は荒らし対策で非常に重要ですので、ちょっと覚えておいてください。

ビジネス書と東大の研究で気付いた「荒らしは無視」の正しさ

私は2012年頃に「荒らしもどき」をやめましたが、2016年になっても「わざわざ嫌なものを見る」ことをやめられませんでした。

世の中のさまざまな事柄が、私がイメージする「荒らし」に合致するものとなり、「こんな状況が永遠に続くのではないだろうか……」と絶望的になるばかりです。

ただ絶望するだけではなく、「何を言っても無駄」だとは思いながらも「どうにかしてネット上の攻撃的・差別的な発言を減らせないだろうか?」と考えていたのかもしれません。

しかし、具体的にどうやって説得すれば良いかわからなかったので、有名なビジネス書(自己啓発書?)の「人を動かす」を読んでみました。2016年の4月頃だったと思います。

カーネギーの「人を動かす」で知ったのは、「批判は逆効果である。相手の言葉に耳を傾け、信頼関係を築かなければ、人を動かすことはできない」ということです。

経験則と心理学の本でなんとなく「批判・説得は逆効果」だとわかっていましたから、それが裏付けられた形ですね。

でも、顔を見ることもできないネット上の相手と信頼関係を築くにはどうすればいいんでしょう? 攻撃的・差別的な人に「あなたのお気持ちはわかります」と言ったところで、無視されるか、「発言に共感してもらえた!」と勘違いされるかのいずれかです。

そんな時にたまたま観たのが、2016年6月11日に放送されたNHKスペシャル「不寛容社会」というテレビ番組です。

ネットで人は動かせない

「不寛容社会」という番組では、東京大学大学院の准教授によるSNSの分析結果が公表されました。

以前もこのブログで取り上げたので簡単に述べますが、ネット上では、あるトピックに対する賛成派・反対派が明確に分断されており、自分と異なる意見は無視するという結果が明らかになったのです。

つまり、ネット上で何かを言えば、集まるのは同じ考え方の人だけで、異なる考え方の人には無視されてしまうということですね。

私にとっては、「いくらネット上が攻撃的・差別的な論調で溢れても、同調するのは以前から同じ考え方の人だけなんだ」と安心できる一方、「ネット上で何を言っても、他者の意見は変えられない」ということがわかり、ますます絶望的にさせられるデータでもありました。

「どうせネットで何を言っても無駄なら、黙っていてもいいんだ」と気が楽になったものの、「世の中がどんどんひどくなるのに、自分には何もできない……」という無力感も募ります。

私はネット上の「荒らし」を無視できずにわざわざ検索して探してしまい、しかし彼らに対して何かをすることもできず、暗い気持ちのまま2017年になりました。

お金持ちは「ポジティブな感情」を贈り合っている!

唐突ですが、ここで一旦「荒らし」の話題から離れます。ポジティブになれる話をしましょう。

2017年1月、私は「お金持ちになりたいなー」という単純な気持ちで、Amazonで見付けた「お金持ちの法則」という本を買って読んでみました。

ところが、これはいわゆる「スピリチュアル」の本でした。お金持ちとスピリチュアルがどう関係するんでしょうか?

要点を述べると、「信頼できる人に無私の心でお金を贈れば、それは何倍にもなって戻ってくる」というだけの内容です。

「まあ、お金持ちは気前が良いらしいから、そういうものなのかな」と一応は納得しましたが、まったく根拠がありませんよね。

しかしです、「お金持ちは信頼できる人だけに贈り物をする」ということは、スピリチュアルとは無縁のビジネス書にも書かれていたんですよ! 根拠はなくても、なんとなく「この世の真理なんじゃないか?」という気になってきますね。

具体的には、これらの本が「お金持ちの法則」に言及しています。ただし、「お金を贈る」という直接的な表現ではなく、「気が合う人と食事をし、自分がおごる」といった内容です。

これらの本から、私は「お金持ちは信頼できる人にプレゼントしたり、一緒に食事して気前よく支払ったりするものなんだ」と考えました。

ただし、相手を利用することが目的だったり、相手が自分を利用しようとしていたりする場合は、贈り物をすべきではありません

なぜならば、無償の贈り物は信頼関係を深めるためのものだからです。

そして私は、「お金持ちが信頼できる人に贈り物をするのは、同時に『ポジティブな感情』を贈りたいからではないか?」と思い至りました。

「相手を尊重し、信頼できる関係を築く」という点は、カーネギーの「人を動かす」と共通していますね。

「平和になったネット」をイメージする

お金持ちが信頼できる人に無償の贈り物をするのは、相手に喜んでもらう……つまり「ポジティブになってもらいたい」からです。それを送った本人も、相手が喜ぶのを見てポジティブな気持ちになれます。

先ほどの「お金持ちの法則」と同じく、「ポジティブな感情を贈れば、何倍にもなって返ってくる」のです。

それと同じように、「誰かに対してネガティブな感情を抱けば、何倍にもなって自分に返ってくる」のではないでしょうか?

根拠はありません。でも、「あるものに意識を集中すると、似たものばかり引き寄せてしまう」ということは現実に存在します。

たとえば、ショッピングサイトや動画投稿サイトでは、閲覧・購入した商品や視聴した動画を元に「おすすめ」が作成されるため、ユーザーが「観たい、買いたい」と思うものばかりが集まりますね。

もちろんそれらのサイトはコンピューターのアルゴリズムによって動いているのですが、人間や動物の感情にも同じ仕組みがあるような気がしてなりません。

まったく同じ風景でも、空を見る人、街並みを見る人、道端に咲いた花を見る人……と、それを見る人の気持によって、映る景色はまったく違ってきますよね。

「したいこと・したくないこと」を明らかにしよう

突然ポジティブ・ネガティブだとか引き寄せがどうこうと言い出して申し訳ありませんが、私がこのような事を思い付いたのは、「スピリチュアル」な書籍の影響です。

「お金持ちの法則」の著者が「スピリチュアル・マーケティング」という本も出していることを知って読んだのは、2017年4月、つまりこの文章を書く数日前の事です。

面白いことに、著者は元々マーケティングの専門家であり、「スピリチュアルな事に言及したら、信用されなくなると思っていた」と自ら述べています。

  • 「スピリチュアリティ」なるものへの関心を明かしたりしようものなら、みんなにあきれられ、クライアントには見放され、関係組織からは締め出されることになろうと思われた(新書版28ページ)
  • 私の頭がどうかしてしまったのではないかと思っておられるだろうことは、自分でもよく承知している(同79ページ)

それでもこの本を執筆したのは、そうしたものを頭から否定するよりはその存在を信じた方が、ずっと心楽しいことではなかろうか(同80ページ)という考えがあったためです。

まあ確かに「病は気から」と言いますし、たとえスピリチュアル云々に根拠がなくても、前向きな(ポジティブな)気持ちでいたほうが精神的に楽になりそうですね。

では、「スピリチュアル・マーケティング」とはどのような内容かと言うと、次のような5ステップで構成されています。

  1. 自分の望んでいないことを知る
  2. 欲しいもの、したいこと、なりたいものを知る
  3. 意識を明晰にする
  4. 願望が成就したときのすばらしい気分を味わう
  5. 流れに身を委ねる

「それが荒らし対策と何の関係があるんだ」って? ちょっと待ってください……。

まず、荒らしに悩む人が「望んでいないこと」って何でしょうか(ステップ1)。「掲示板・SNSを荒らされたくない」ということですね。私の場合はもう少し拡大して「ネット上から攻撃的・差別的な書き込みがなくなってほしい」になります。

ステップ2。「欲しいもの」は何ですか? これは「望んでいないこと」の裏返しです。荒らしや攻撃的な発言がない、「みんなが楽しく過ごせるネット上のスペース」ですよね。

このように、「荒らされたくない」というネガティブな感情を「楽しく過ごしたい」というポジティブな感情に置き換えることが大切です。

第3のステップ「意識を明晰にする」は、このような2種類の感情を明らかにすることです。

本の中では、「2枚の紙を用意して、1枚目に『したくないこと』を、2枚目に『したいこと』を書く。1枚目は捨て、2枚目は1週間持ち歩く」という方法で意識を明晰にできると説明されています。

1枚目を書きながら「ああ、あの荒らしにあんなひどいことを言われた……」「このサイトはこれからも荒らされるんだ」とネガティブな考えが浮かんでも構いません。紙と一緒に捨ててしまいましょう

ただし、「荒らしをやっつけたい!」などと思ってはいけませんよ。荒らしに腹を立ててばかりいるのも時間の無駄です。

  • たとえば、新しい家を手に入れたいと思っていながらほかの人に対してはそれを望んでいないとすれば、それはエゴにとらわれた我欲である。ところが自分だけでなく、ほかのみんなも新しい家が得られるように願うなら、創造のスピリットと調和した意識になる(67ページ)
  • 毎日受け取るエネルギーを、仮に現金で支給される日当のようなものと想定していただきたい。朝目を覚ますと同時に、一日分の手当として五百ドルが与えられるとする。だが前の晩に奥さんかご主人に言われたことを、あなたは今も根に持っている。それで取り分が減ってしまうことになる。その怒りのエネルギーを活かしつづけるために、五十ドルを費やしているのだ(101ページ)

「荒らしなんて、不幸になればいい」と考えていませんか? でも、荒らしがあなたの好きな芸能人やゲーム・アニメを嫌っているように、あなただって何かを嫌っているのではないでしょうか。

荒らしだって、普通の人と変わらないかもしれませんよ。何かストレスが溜まっていて、その解消法がたまたま掲示板・SNSを荒らすという行為だったのかもしれません。

「荒らし」が荒らしをやめて、もっと好きなものに時間を使ってくれるようになれば、「荒らし」にとってもあなたにとっても嬉しいことですよね。

時は金なりです。怒りに時を費やすくらいなら、もっとポジティブなことを考えましょう。

目標を明確にイメージする

さて、第4ステップです。「荒らしがいなくなり、誰もが仲良く交流できるSNS・掲示板」を想像してください。「こうなったらいいな」という未来の可能性ではなく、「荒らしがいなくなった!」と、既に実現したかのように考えることがポイントです

ここまでイメージを明確化できたら、あとは第5ステップ「流れに身を委ねる」、実現するのを待つだけです。

こうして見てみると、この「スピリチュアル・マーケティング」という本は、よくある「思考は現実化する」とか「引き寄せの法則」のような内容ですね。では、強く願えば荒らしはいなくなるでしょうか? そんなわけありません

ただ、「荒らしがいない平和な掲示板・SNSをイメージする」、そして「荒らしにも幸せになってもらいたい」という考え方は、荒らし対策として非常に重要だと思います。

なぜならば、「荒らしがいない状態」という明確な目標を持つことで、それを実現するために行動するようになるからですね。

だからといって荒らしを攻撃してしまっては逆効果ですから、「ネガティブな感情を拡散させない」方法を考えましょう。

ネットで拡散するポジティブとネガティブ

ネガティブな感情がさらなるネガティブを招く

ここで先ほどの「ポジティブな感情もネガティブな感情も、何倍にもなって返ってくる」という話につながります。

ネットに限らず、テレビ・ラジオや新聞も含めて、基本的にネガティブな情報には触れないほうが良いでしょう。ネガティブな感情が増幅されてしまうからです。他者に対してネガティブな感情を抱くのもやめましょう。

もちろん「災害やビジネスのリスクに備える必要がある」場合は、ネガティブな情報に触れざるを得ません。「買った商品に重大な欠陥があったので、商品レビューやブログで公表しなければならない」ということもあるでしょう。

「評論家なので作品を批評しなければならない」「ジャーナリスト・野党議員なので、政府・与党を追求しなければならない」「検事なので被告人を弁護できない」というように、職業上の理由がある場合も別です。

ただ、必要もないのにネガティブな情報に触れれば、精神的に辛くなるだけだと思います。

私のように「わざわざ検索して攻撃的・差別的な投稿を探す」なんて愚の骨頂ですね。ネガティブになること自体が目的になっています(この文章を書いている最中に気付きました……)。

「荒らしは無視」の正しい意味

それはともかく、荒らしが抱いているのはもちろん、「こいつらを困らせたい」というネガティブな感情ですね。

では、ネガティブな感情を持った荒らしに対して、あなたも何らかのネガティブな感情を向ければどうなるでしょうか? もちろんネガティブな感情が拡散します

「荒らしは消えろ!」「論破してやる!」という直接的な反応はもちろんネガティブですが、「いえいえ、あなたは間違っていますよ」と優しく諭すような態度もネガティブだと思います。なぜならば、相手よりも自分の立場が上だと表明しているに等しいためです(上から目線です)。

では、「ようこそ掲示板へ。楽しんでいってね!」というように本心からポジティブな感情を抱ければ、「荒らし」もポジティブになり、荒らしをやめてくれるでしょうか。

そのような可能性はありますが、荒らしはポジティブな感情を吸収してネガティブな感情に変えてしまうおそれがあるため、荒らしを信頼できる(?)場合以外はやめたほうが良いです。

「お金持ちは、信頼できる相手にだけ贈り物をする」という話と同じで、荒らしを信頼できないのであれば、ポジティブな感情を向けてはいけません。

ですから、結果的には「荒らしを無視」する形になるのだと思います。

ただ、どのように表現すれば良いのか難しいですが、ここで言う「無視」とは結果的に起きることです。

一般的な意味で言う無視は、「相手の言動に反応せず、精神的な苦痛を与える」ことですね。ネガティブな感情に基づくものです。

そうではなくて、「ポジティブな感情を贈ることができないから、荒らしの相手をしてネガティブな感情を拡散することがないように気を付ける」のが目的です。

無視したところで荒らしをやめてもらえるとは限らず、最初に述べたように悪化する可能性もあります。ただ、荒らしを攻撃した場合のほうが、無視する場合以上に事態が悪化する確率が高いのではないでしょうか。

感情はエネルギー

再びスピリチュアルな話題になりますが(もうすぐ終わるからページ閉じないで!)、私は「感情とは、エネルギーのようなものである」と思っています。

もちろん、人間の感情は脳内の神経伝達物質のはたらきによって生じるものですが、人と人の間の感情には、エネルギーに似たものがあると感じるのです。

一例を挙げれば、電波を使えば映像・音声を送受信できるのは常識ですが、なぜ電波(光)そのものが存在するのかは解明されていません。それでも電波は存在します。

ですから、感情がエネルギーのように伝わるということも証明はできませんが、「あり得ない」とも言い切れません。まだ原理が発見されていないだけかもしれません。

たとえば、「部屋に入ると全員が黙り込んでおり、空気が張り詰めていた」という経験はないでしょうか?

表情を読み取ってそのように感じることもあるでしょうが、それだけでは説明できない「場の空気」「雰囲気」というものもあります。

その場所、その人々の間に満ちた感情がポジティブかそれともネガティブによって、雰囲気も大きく異なります。

ネット上の空間も同じことで、信頼に基づいてポジティブな感情を贈り合えば平和になりますし、ネガティブな感情が満ちれば「荒らし」を招くのだと思います。

ネットが作った「地球村」を、閉鎖的な村社会にしたいですか? それとも牧歌的な風景にしたいですか?

もしも後者ならば、ネット上で出会った信頼できる人々に対して、ポジティブな感情を「拡散」していってください。

まとめ

当初の想定以上に長くなりましたが(最後までお読み下さった方はいらっしゃるでしょうか)、まとめると次のようになります。

  • 荒らしを無視できないのは、「ネガティブになりたい」と思っているから
  • 「人を動かす」(荒らしをやめさせる)ためには信頼関係の構築が欠かせないが、ネットのやり取りで信頼関係を築くのは困難
  • ポジティブな感情はポジティブな感情を増幅し、ネガティブな感情はネガティブな感情を増幅する
  • 「荒らされたくない」というネガティブな感情を、「楽しく過ごしたい」というポジティブな感情に置き換える
  • 「荒らしがいない状態」をイメージする。ただし、荒らし自身が不幸になることを望んではいけない
  • 荒らしに対してネガティブな感情を向けてはいけないが、信頼関係構築も難しいため、結果的に無視することになる
  • ポジティブな感情で満たされた空間は、さらなるポジティブを招く

引用した一部の研究結果を除けばほとんど根拠がありませんし、「スピリチュアル」だの何だのと怪しさ満載の内容になってしまいましたが……。

せっかくインターネットで交流できるようになったのですから、少しでもポジティブになれる人が増えれば幸いです。

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