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社会風刺をガス抜きにせず、自分の考えを持つことが大切

あるお笑い芸人がテレビ番組で沖縄基地問題などを風刺し、賛否を呼んでいます。

私は、言論の自由は最大限守られるべきと考えますが、有名人による社会風刺・政治風刺が「ガス抜き」になるのではないかと危惧しております。

あのテレビ局でお笑いコンビが政治問題を風刺!

2017年12月17日、フジテレビ系列で放送された番組「The Manzai」に、お笑いコンビのウーマンラッシュアワーが出演しました。

ウーマンラッシュアワーが披露したのは、ただ単にボケとツッコミが競いあうだけの漫才ではありません。

なんと、原発問題や沖縄の基地問題などを取り上げ、無関心な国民に対しても「お前たちのことだ」と言い放ったのです。

村本さんは、出身地の福井県おおい町周辺の小さな地域に原発が4基あるのに、夜7時以降は街が真っ暗になると紹介。「電気はどこへ行く!?」と大量消費する都会と負担を押し付けられる地方の構図に疑問を投げ掛けた。その後も相方の中川パラダイスさん(36)と早口でリズム良く掛け合い、小池百合子東京都知事を「自分ファースト」と風刺。米国にとってミサイルや戦闘機を大量に買ってくれる日本は「仲がいい国」ではなく「都合のいい国」などと畳み掛けた。

沖縄の基地問題では辺野古や高江を取り上げ「日本全体の問題」なのに「沖縄だけに押し付ける」「面倒くさいことは見て見ぬふりをする」と強調。在日米軍に払う9465億円を思いやり予算と説明した上で「アメリカに思いやりを持つ前に沖縄に思いやりを持て」と訴えた。

さらに日本では基地や被災地復興、北朝鮮のミサイル問題よりも、有名人の不倫がニュースになると批判。本当に危機を感じないといけないのは「国民の意識の低さ」とぶった切り、「お前たちのことだ」と言い残し舞台を去った。

「アメリカより沖縄に思いやりを」 ウーマンラッシュアワー、時事ネタ漫才に反響続々 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

当然ながら、この漫才にはTwitterなどのSNSを中心に、賛否の声が寄せられました。

野党党首・元議員も反応!

さらに驚くべきことに、この漫才について日本共産党委員長・志位和夫氏が言及しました。

しかも、なぜか日本維新の会の元衆議院議員・上西小百合氏まで論争に加わっています。

賛否両論が巻き起こる中、志位氏がツイッターで「『ウーマンラッシュアワー』はすごい才能だ。『沖縄が抱えている問題は』『辺野古基地問題』『その他には』『高江ヘリパット問題』『米軍に思いやりをもつ前に』『沖縄に思いやりを持て』!。速射砲のように繰り出される政治風刺。笑いこそ、政治風刺の最高の武器だ。日本にもっと笑いを。もっと風刺を!」と絶賛。これに対し上西氏が「国会議員がこの言葉。情けない。自分達がいつも言っている事が国民に全く伝わってないのを認めただけ。今の国会議員の1番の罪は無名な人の集団って事なんだろう。議員がタレントにぶら下がってんじゃねえよ」と批判していた。

ウーマン村本大輔、志位氏批判の上西氏をバッサリ - お笑い : 日刊スポーツ

この他にもいろいろな意見がありますが、ここでは取り上げません。

賞賛がある一方で、人前では口にすることも憚られる言葉でウーマンラッシュアワーを批判する投稿もあります。

私自身は、「個人の中傷でなければ風刺は自由。ただ、大々的に取り上げることではない」と思います。

ではなぜ私がこの話題に触れたかと言うと、有名人による政治風刺は、かえって国民を政治から遠ざけるのではないかと危惧しているからです。

風刺は社会の分断を招く

「風刺は国民を政治から遠ざける」という言葉の意味を説明します。論点は以下の2つです。

  • 政治風刺は社会の分断を招く
  • ガス抜き。「有名人が言ってくれたから、自分は言わなくてもいい」と思ってしまう

政治風刺が社会を分断したアメリカ

まず、テレビで有名人……ジャーナリストや芸能人が政府・与党を批判したとします。視聴者はどう反応するでしょうか?

ある視聴者は、「よくぞ言ってくれた!」と賞賛するでしょう。

別の視聴者は、「ふざけたことを言うな!」と憤るでしょう。

では、その番組を見る前後で視聴者の意見が変わるかと言うと、大して変わらないはずです。

もともと政府・与党に批判的な人は番組を褒め、支持する人は番組を批判するだけです。

テレビ番組ではなくSNSですが、「賛成派は賛成派、反対派は反対派の意見しか聞かない」ということは、東京大学の研究で証明されています。

ネットはなぜ炎上する? NHK「不寛容社会」まとめ

そして、賛否が分かれる問題をテレビ番組やSNSで取り上げると、賛成派と反対派は、ますますお互いを敵視するようになるのです。

実際に、アメリカではトランプ政権を風刺する番組が政権支持層・不支持層の分断を招いています。

トーク番組の分野で突出しているのが、コメディアンのスティーブン・コルベア氏(53)が司会を務めるCBSテレビの番組だ。トランプに対し「ただちに辞任すべきだ」と踏み込むこともしばしば。今年5月には、トランプ氏とロシアのプーチン大統領との関係を下品な下ネタで痛烈に批判。保守層の激しい反発を招き、番組のボイコット運動に発展したが、毒舌が弱まる気配はない。

吉池亮、「メディア 米国のいま 広がる分断[下]」、『読売新聞』、2017年(平成29年)12月3日、大阪本社版朝刊・国際面

メディアが政権を批判したところで、政権を支持する人が減るどころか、熱烈な支持者の反発を招くばかりです。

「では『自主規制しろ』と言うのか?」と問われれば、何とも答えようがないのですが……。

たとえば、あなたが現政権に批判的で、ネットでたまたま「現政権は素晴らしい! 野党は情けない!」というブログを見付けたとします。それを読んで、あなたは意見を変えますか?

反対に、あなたが現政権を支持していて、ネットで「政権は退陣しろ!」という意見を見かけても、その意見が正しいとは思わないでしょう。

次の「ガス抜き」の項につながりますが、結局、政権支持は賛成派の、政権批判は反対派の自己満足にしかならないのだと思います。

ガス抜きは「自分の頭で考える」ことにならない

次に、有名人による社会風刺・政治批判は「ガス抜き」にしかならないのではないか、ということについて説明します。

前項と矛盾するようにお感じになるかもしれませんが、私はマスメディアによる権力の監視は必要であり、言論の自由は保証されるべきであると思います。

なぜならば、政府・与党には多大な発言力と資金があるため、少数派である野党に「ハンディキャップ」(ゴルフ用語)を与える必要があるためです。

ただ、風刺や批判は権力の監視になるどころか、国民の「ガス抜き」になるのではないか……と危惧しています。

「ガス抜き」とは、「不満を逸らすための鬱憤晴らし」ということですね。

先ほど実例を挙げたように、テレビ番組で政権を批判すると、当然ながら政権支持層の反発を招きます。

では政権不支持層はどうするかと言うと、テレビ番組を賞賛します。

褒めるだけで終わりです。

つまり、「テレビで有名人が政権批判してくれたから、自分は何もしなくていいや」と思ってしまうのですね。

マスコミや有名人が自分のかわりに発言してくれるのだから、自分は何らかの活動を行う必要はありません。

中にはデモや署名活動を行う人もいるでしょうが、微々たるものです。

一方の政権支持層は番組に反発し、ネット上で、そして街に出て、ますます熱心に政権支持を訴えるのでした。

ネットで横行するガス抜き

テレビ番組に限らず、インターネット上にも「ガス抜き」が存在します。

昔から言われていることですが、特に最近は「マスコミの情報を鵜呑みにせず、自分の頭で考えよう!」という意見が多いですね。

確かにその通りです。

ただ、あなたは本当に自分の頭で何か考えているのでしょうか?

日本に限らず、マスコミを全否定するかわりに、ネット上のお気に入り情報を全肯定する人が本当に多いです。

重要なのは自分の頭であらゆる情報を吟味することであって、「マスコミは悪、ネットは正義」という単純な二分法も、思考停止に過ぎませんよ。

では、テレビ番組を見て出演者の意見に頷いたり、SNSでリツイートやいいね!をすることは、「自分の頭で考える」ことになるでしょうか。

いいえ、飽くまでも「他者の意見に賛同した」だけです。

辛辣な言い方をすれば、「自分の頭で考えた」のではなく、「誰に服従するか決めた」だけですね。

RTやいいねも、「その通りだ」「間違っている」「どうでもいい」などの賛否を表す程度の短いコメントも、自己満足のガス抜きにしかなりません。

「自分の頭で考える」とは

もちろん、自分の頭『だけ』で考えて、ゼロから何かを生み出すことなんて不可能です。

独自の言語を作り出して、外界の情報を遮断して、妄想を生むことになりますからね。

でも、ネット上で何かコメントするなら、せめて「私はこう思う。なぜならば〇〇だからだ」くらいの意見は付けたほうがいいんじゃないでしょうか。

「引用50%、オリジナル50%」くらいでなければ、「自分の頭で考えた」とは言えません。

「なぜそう思うのですか?」と問われた時に理由を説明できてはじめて、「自分の頭で考えた」ことを証明できます。

では何をすれば良いのか?

ここまでの私の意見をまとめると、次のようになります。

  • 政権批判・言論の自由は認められるべき
  • ただし、「ガス抜き」で終わらせてはならない

冒頭で取り上げた社会風刺の漫才は、表現の自由として認められるべきです。

ただ、それを「よく言った!」と褒めるだけでは、ただのガス抜きにしかならないのではないでしょうか?

権力は監視されるべきですが、その監視が有効に作用しているかどうかは疑問です。

御用学者・御用ジャーナリストによる政権賞賛など論外ですが、政治批判も同様の結果を招く可能性があります。

だからと言って、「デモを起こせ」などと主張するつもりはありません。

そのデモに賛同する人がいる一方、反発も招き、プラスマイナスゼロにしかならないためです。

重要なのは、問題を自分自身で考え、周囲の人にも考えてもらうことではないでしょうか。

繰り返しになりますが、「他者の意見への賛同」は「自分の頭で考えたこと」ではありませんよ。

有意義な議論とは

あなたが、現在の政治に不満を持っているとします。

ならば、その問題について考え、家族や友人とも話し合って「どう思う?」と問いかけて下さい。

ただし、特定の政党や議員個人を支持または批判するのはやめたほうが良いです。

昔から「酒の席で政治と野球と宗教の話をするな」と言われているように、政治の話は敬遠されるためです。

それに「政治的」な話はどうしても党派性につながり、個人攻撃に陥ってしまうんですよ。

最初のほうで述べた「賛成派と反対派の分断」に直結してしまいます。

ですから、政策をテーマにするのです。

「経済成長と財政再建を両立するにはどうすれば良いだろうか?」「待機児童問題はどうすれば解決できるだろうか?」と、あなたが問題視する政策について、身近な人と話し合いましょう。

そうして、自分の頭で考えてもらった意見は、確実に「人を動かす」ことになります。

他者に命令されて素直に従う人はあまりいませんが、自分自身の考えを否定することは難しいからです。

そして、他者と議論する際は、相手と自分の考えが違う、あるいは自分の考えが変わってしまうことも覚悟しなければなりません。

現政権を批判するつもりで「経済政策をどう変えるべきだろうか?」と尋ねたら、「今のままで良い」と言い返されることもあるでしょう。

そんなふうに意見が違う人がいたら、どうしてもその人を自分に従わせたくなりますよね。

ですが、結論ありきの、相手を『論破』することを目的とする議論なんて、ただの口喧嘩でしかありません。

それでも、相手の意見を変えられなくても、政治に対する関心を深めてもらえれば、議論をする価値はあるのではないでしょうか。

あるテーマについて賛成するにせよ、反対するにせよ、自分自身で結論を導き出すことができれば、他者の言いなりになるよりずっといいですからね。

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